大山捨松(おおやますてまつ)は、明治時代に活躍した日本初の女子留学生のひとりです。
夫は陸軍大臣も務めた大山巌(おおやまいわお)。
その波乱の生涯は現代にもつながっています。
この記事では、大山捨松が何をした人なのかをおさらいしつつ、
子供・孫・ひ孫にいたる家系と大山捨松の子孫の現在をわかりやすくご紹介します。
大山捨松とは何した人?|日本初の女子留学生
大山捨松は1860(万延元)年、会津藩士の家に生まれました。
本名は山川咲子(やまかわさきこ)。
1871(明治4)年、満11歳で岩倉使節団とともに渡米します。
日本政府が派遣した、記録に残る日本初の女子留学生のひとりです。
アメリカ留学
捨松はアメリカに約10年間滞在しました。
名門ヴァッサー大学を卒業し、高い教養を身につけて帰国します。
英語と西洋の文化を深く学んだ、当時では非常に珍しい女性でした。
帰国後は「鹿鳴館の花」とも呼ばれ、華やかな社交界で活躍します。
1885(明治18)年には慈善バザーを主催し、日清戦争の際には看護婦養成にも尽力しました。
政府の要人と対等に渡り合える、明治を代表する知性派女性です。
大山巌との結婚
1883(明治16)年、捨松は陸軍卿・大山巌と結婚します。
大山巌は薩摩藩出身の軍人で、後に陸軍大臣・元帥となる人物です。
会津と薩摩という、戊辰戦争で敵対した藩同士の結婚として話題になりました。
大山捨松の子供|家系図でみる実子と義娘
大山巌には、捨松と結婚する前に先妻がいました。
先妻は吉井友実の長女・沢子(さわこ)です。
沢子は3人(または4人)の娘をもうけましたが、出産後に亡くなりました。
捨松は結婚後、先妻が残した娘たちも一緒に育てます。
血のつながらない子供たちを含め、大家族を支えた女性でもありました。
大山捨松の子供一覧(家系図)
捨松が育てた子供たちは、以下のとおりです。
先妻(沢子)の子供(義娘)
- 長女:信子(小説『不如帰』のヒロインのモデル)
- 次女:美津子(幼くして亡くなる)
- 三女:芙蓉子
- 四女:留子
捨松と大山巌の実子(2男1女)
- 五女:久子
- 長男:高(海軍少尉候補生。巡洋艦「松島」の爆沈事故で殉職)
- 次男:柏(考古学者として活躍)
長男・高は日露戦争のさなか、戦艦の爆発事故でその命を絶たれます。
母として、捨松にとって大きな悲しみとなりました。
大山捨松の子孫の現在ー大山柏、桂
捨松の子孫・孫として特に著名なのは、次男・大山柏(おおやまかしわ)の子供たちです。
大山柏は考古学者として知られており、2人の息子が学問の道を歩みます。
大山梓(おおやまあずさ)
- 次男・柏の長男
- 1916(大正5)年生まれ
- 京都帝国大学法学部を卒業後、海軍主計大尉として戦時中に服務
- 戦後、慶應義塾大学から法学博士号を授与される
- 広島大学法学部教授・帝京大学法学部教授を歴任
大山桂(おおやまかつら)
- 次男・柏の次男
- 1917(大正6)年生まれ
- 東京帝国大学理学部動物学科を卒業
- 戦後、東京大学から理学博士号を授与される
- 貝類学(かいるいがく)の専門家として研究を続けた
2人とも戦前・戦後という激動の時代を生き、学術の世界で名を残しました。 捨松が大切にした「学ぶことの大切さ」が、孫の世代にも受け継がれています。
大山捨松の子孫の現在ー久野明子
捨松のひ孫として特筆されるのが、久野明子(くのあきこ)さんです。

捨松の四女・留子の孫にあたります。
1940(昭和15)年生まれで、現在も国際交流の分野で活躍しています。
久野明子の経歴
- 慶應義塾大学文学部西洋史学科を卒業
- 在学中にスタンフォード大学・ホープカレッジ・ミシガン大学に留学
- 東京オリンピック組織委員会、米国オハイオ州政府東京事務所などに勤務
- パリに2年間滞在後、国際交流の活動に本格的に関わる
- 国際民間ボランティア団体「CWAJ(カレッジ・ウィーメンズ・アソシエーション・オブ・ジャパン)」の会長に就任(1985年)
- 1994年から社団法人日米協会の専務理事、2012年からは副会長
曾祖母の足跡を辿った著書
久野明子さんは、1982年にアメリカで大山捨松の調査を行います。
目的は曾祖母の足跡を自らの目で確かめることでした。
その成果をまとめた著書が、1989年に出版された
『鹿鳴館の貴婦人 大山捨松―日本初の女子留学生』です。
この本は現在も大山捨松を知るうえでの代表的な一冊として、多くの人に読まれています。
留学で培った国際的な視野は、血縁を超えて現代まで受け継がれていると言えるでしょう。
まとめ|大山捨松の家系図と子孫・現在
大山捨松の子孫をまとめると、以下のようになります。
- 実子:久子・高(殉職)・柏(考古学者)の2男1女
- 義娘:信子・美津子・芙蓉子・留子の4人(先妻の子供)
- 孫:大山梓(法学博士)・大山桂(理学博士)=次男・柏の息子たち
- ひ孫:久野明子(国際交流活動家・著述家)=四女・留子の孫
大山捨松が日本にもたらしたものは、西洋の文化や語学力だけではありません。
「学び、社会に貢献する」という姿勢が、孫・ひ孫の世代にも脈々と受け継がれています。
明治の女性として誰よりも広い世界を見た捨松の精神は、今もその子孫たちの中に生き続けています。