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風薫るの小川吾郎のモデルは誰?史実の鈴木良光がアツすぎた|朝ドラ解説

朝ドラ『風、薫る』、最近ちょっと気になるキャラが出てきましたよね。

そう、甲斐翔真さんが演じる小川吾郎です。

第63話(6月24日放送)で初登場して、いきなり直美と口論になってた人です。

「あのイケメン軍人、史実モデルいるの?」って気になった方、正解です。

調べてみたらなかなかドラマチックな人物が出てきました。

この記事ではそのあたりをサクッとまとめます。

小川吾郎のモデルは「鈴木良光」説が濃厚

まず結論から。

小川吾郎のモデルとして有力視されているのが、

鈴木良光(すずきよしみつ)

という人物です。

直美のモデルである看護婦・鈴木雅(すずきまさ)の実際の夫がこの人。

ただし、NHKは現時点でモデルを公式に発表していません。

あくまで「状況証拠から有力視されている」というスタンスで読んでもらえると助かります。

原案小説にも登場する人物

ドラマ『風、薫る』は、田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』が原案です。直美のモデル・鈴木雅の夫として史実に名前が残っているのが鈴木良光です。

  • 「軍人である」
  • 「負傷している」
  • 「直美(雅)と深くかかわる」

この3点が、小川吾郎と史実の鈴木良光の共通点として挙げられています。

鈴木良光って何者?経歴がドラマすぎる

正直、調べてびっくりしました。

この方の人生、朝ドラどころか大河レベルでした。

19歳で五稜郭まで戦った元幕臣

鈴木良光は1849年生まれ。幕末の激動ど真ん中を生きた人です。

鳥羽・伏見の戦い(1868年)では、まだ19歳で父とともに旧幕府軍として参戦します。

戦いに敗れた幕府軍は北へ北へと追い詰められ、最終的に函館の五稜郭に立て籠もることに。

明治2年(1869年)5月、鈴木良光は説得を受けて降伏を選びます。

ところが、父は降伏を拒否。北方領土方面に逃れたまま、二度と戻ってこなかったそうです。

 

「元幕臣」が新政府の陸軍へ

降伏後の鈴木良光は、かつての「敵」であった新政府の陸軍に入隊します。

当時の旧幕臣あるあるな転身ではあるんですが、本人としては複雑な思いがあったでしょう。

明治10年(1877年)、28歳のとき、西南戦争に従軍。

西郷隆盛率いる士族の反乱を相手にした、明治政府最大の内乱です。

鈴木良光はここで下腿部(ふくらはぎ)に銃創を負います。最終的な階級は陸軍少佐。

この傷が、のちに鈴木良光の命を縮めることになります。

 

鈴木雅との結婚

西南戦争の翌年、明治11年(1878年)。29歳の鈴木良光はお見合いで結婚します。

相手が朝ドラ風薫るの直美のモデル、鈴木雅(当時20歳)です。

9歳差の夫婦でした。

鈴木雅はフェリス・セミナリー(現フェリス女学院)などで学んだ才女で、英語も堪能。

一男一女をもうけ、夫の赴任先である京都・東京・仙台と転居を繰り返します。

しかし、鈴木良光は西南戦争で負った銃創は癒えませんでした。

明治16年(1883年)12月5日、仙台の陸軍病院で病死。享年34歳

鈴木雅はまだ26歳で、子どもは4歳と2歳でした。

「自分がちゃんと看護できなかった」——雅はそう深く悔やんだと伝わっています。

この後悔が、のちに彼女を看護の道へ向かわせる原動力になったわけです。

 

ドラマの今後、小川吾郎はどうなる?(考察)

ここからは史実をもとにした展開予想なので、あくまで考察として読んでください。

史実では鈴木良光は34歳で亡くなっています。

ドラマでも小川吾郎がいずれ病や傷により退場する展開はじゅうぶん考えられます。

そして、その死が直美を本格的な看護師の道へ背中を押す

というのが、もっとも自然な流れかなと思います。

口論からはじまって、少しずつ距離が縮まって、結婚して、でも早くに別れが来て…。

直美が看護に命をかける理由に、小川吾郎(鈴木良光)の存在が深く関わっているとすると、二人のシーンの見え方がガラッと変わりますよね。

 

まとめ

  • 小川吾郎のモデルは「鈴木良光」説が有力(NHK公式発表はなし)
  • 元幕臣→五稜郭で降伏→新政府陸軍入隊→西南戦争で負傷→34歳で病死、という激動の人生
  • 直美のモデル・鈴木雅の夫であり、雅が看護師を目指す「きっかけ」になった人物

史実を知った上でドラマを見ると、小川吾郎と直美のシーンが全然違って見えてきます。

初登場は口論でしたが、この先どんな関係になっていくのか、楽しみに見守りましょう!

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