大河ドラマ『豊臣兄弟!』第40話「あさひの輿入れ」では、秀吉と家康の対立が新たな局面を迎えます。
戦の準備が進むなか、突然の大地震によって状況は一変。秀吉と秀長は、家康との和睦に向けて動き出します。
この記事では、『豊臣兄弟!』第40話のあらすじを紹介します。
(ネタバレにご注意ください)
豊臣兄弟!第40話のネタバレとあらすじ

徳川家康との対立を終わらせたい秀長。しかし、両者の溝は深まるばかりです。
やがて起きた大地震をきっかけに、豊臣家の妹・あさひの人生が大きく変わり始めます。
石川数正の出奔
石川数正が徳川家を離れ、豊臣方へやってきました。
秀長は、徳川家の重臣だった数正が味方になれば、家康も秀吉に逆らえなくなると期待。
ところが、浜松城では家康が激怒していました。数正は書き置きを残し、姿を消していたのです。
「あの約束を、いまこそ果たすとき。またその身は豊臣につこうとも、わが心は殿とともにあります」
数正は以前から、家康に豊臣政権へ従うよう進言していました。しかし、家康は従うつもりがありません。
数正の出奔後も、家康は北条氏政を味方につけて対抗を続けます。
その様子を知った秀吉も、ついに徳川討伐を決断しました。
天正大地震
家康との戦を支度していた秀吉に、秀長が知らせを届けます。
「徳川はいまだ上洛に応じず、この関白・秀吉の命に背き、真田との和睦をも拒んだ。世を乱さんとする徳川を、このまま見逃すことはできぬ。支度が整いしだい、出陣じゃ」
秀吉の決意は固く、秀長の説得にも耳を貸しません。
しかし、その直後でした。
突然、激しい揺れが二人を襲います。
天正13年11月29日、大地震が発生。大垣城や長浜城が崩れ、多くの人々が犠牲となりました。
地震の被害は甚大でした。戦どころではなくなった秀吉は、蓄えていた兵糧を民に分け与えるよう命じます。
さらに、徳川との和睦も決断しました。
家康との和睦交渉
地震からおよそ二か月後、秀吉は織田信雄を通じて家康との和睦を進めます。
交渉のなかで、家康がある条件を示しました。
「秀吉殿の身内を妻として迎え入れる」
家康が求めたのは、豊臣家との婚姻でした。
その相手として浮上したのが、秀吉と秀長の妹・あさひです。
ところが、あさひには吉成という夫がいました。
縁談を成立させるには、二人を離縁させなければなりません。
秀長は自分が説得すると申し出ますが、秀吉は自ら話すと決めます。
あさひと吉成の離縁
秀吉は、あさひと吉成を呼び出し、家康との縁談を伝えました。
突然の話に、二人は言葉を失います。
秀吉は、これまで豊臣家を支えてきた二人への感謝を口にしました。吉成には但馬の国を与えるとも申し出ます。
しかし、吉成はきっぱり拒否しました。
「離縁する気など毛頭ない」
吉成は、あさひと別れるつもりなどありません。
さらに吉成は、離縁を強いられるなら自ら命を絶つとまで訴えます。
それでも秀吉は譲りません。
逆らうのであれば厳罰に処すと告げ、二人を追い詰めました。
あさひの決断
吉成は、あさひを連れて逃げる決意を固めます。
夜になり、二人は裏の通用口から城を抜け出そうとしました。
しかし、門を出ようとした瞬間、あさひの足が止まります。
「やっぱり行けない」
そこへ秀長と福島正則たちが現れました。
二人が逃げようとしていると、密告があったのです。
吉成は、あさひが逃げるつもりだったことを黙っていてほしいと頼みます。
その後、あさひは家康に嫁ぐ決心をしました。
天正14年(1586年)5月、いよいよ輿入れの日を迎えます。
慣れ親しんだ家族に別れを告げ、浜松城へ向かったあさひ。
やがて城の一室で徳川家康と対面し、にっこりとほほえんだのでした。
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豊臣兄弟!第40話の史実解説
第40話では、天正地震によって秀吉の徳川攻めが転機を迎え、あさひの輿入れが決まります。
ここからは、実際の歴史をもとに、当時の出来事とあさひの婚姻について解説します。
天正地震とは?
天正地震は、1586年1月18日(天正13年11月29日)に発生した大地震です。
飛騨・美濃をはじめ、北陸から近畿まで広い地域に被害が及びました。
とくに深刻だったのが、現在の岐阜県白川村周辺です。大規模な山崩れが発生し、帰雲城が城下町ごと土砂に埋まったと伝えられています。
美濃の大垣城も倒壊し、近江の長浜城でも大きな被害が出ました。
この地震は、徳川家康への軍事行動を考えていた秀吉にとっても、大きな転機でした。
第40話では、地震を機に徳川攻めを断念し、和睦へ方針を変える姿が描かれています。
あさひが家康に嫁いだ理由
天正12年(1584年)、秀吉と家康は小牧・長久手の戦いで対立しました。
織田信雄と秀吉の間で和睦が成立した後も、家康はすぐには秀吉に従いませんでした。
そこで秀吉が進めたのが、妹・旭姫(あさひ)と家康の婚姻です。
天正14年(1586年)5月、あさひは家康に嫁ぎました。
当時、あさひは40代。家康も40代半ばでした。
豊臣家と徳川家を婚姻で結ぶことは、秀吉が家康を自らの政権に取り込むための重要な一手でした。
しかし、婚姻だけで家康の臣従が実現したわけではありません。
同年10月には、秀吉の母・大政所も岡崎へ。その後、家康は大坂城で秀吉と対面し、臣従しました。
あさひの前夫は誰?
あさひには、徳川家康に嫁ぐ前に夫がいました。
前夫については、副田甚兵衛や佐治日向守などの名前が伝わっています。ただし、伝承や系譜によって記述に違いがあります。
『豊臣兄弟!』では、副田吉成として描かれていますね。
家康との婚姻に際して、あさひが前夫と離縁したという話はよく知られています。
一方、前夫との離縁がいつ成立したのかについては、異なる見解も。
また、離縁後の前夫についても、出家・隠居したという話や、自害したという伝承があります。
いずれにしても、あさひが家康と結婚した背景には、豊臣家と徳川家の政治的な関係がありました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第40話の登場人物
第40話で重要な役割を担う人物をまとめました。
| 人物 | キャスト | 第40話での役どころ |
|---|---|---|
| 豊臣秀長 | 仲野太賀 | 家康との対立を収めようと奔走する秀吉の弟。 |
| 豊臣秀吉 | 池松壮亮 | 家康との和睦のため、妹のあさひを嫁がせようとする。 |
| あさひ | 倉沢杏菜 | 夫との別れを迫られ、家康への輿入れを決意する。 |
| 副田吉成 | 前原瑞樹 | あさひの夫。離縁を拒み、二人で逃げようとする。 |
| 徳川家康 | 松下洸平 | 秀吉との和睦交渉で、豊臣家との婚姻を求める。 |
| 石川数正 | 迫田孝也 | 徳川家を離れ、豊臣方に身を寄せる。 |
| 織田信雄 | 山脇辰哉 | 秀吉と家康の和睦交渉を仲介する。 |
徳川家康との和睦のため、あさひに大きな決断を迫った秀吉。
第40話では、天下統一を進める兄と、家族の間で揺れる秀長の姿が描かれました。
とりわけ印象的なのが、あさひと吉成の別れです。戦を避けるための婚姻が、一組の夫婦の運命を大きく変えることに。
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参考:
岐阜県「天正地震(天正13年11月29日)」
国立公文書館「秀吉への臣従」
国立公文書館「石川数正の出奔」
静岡市歴史博物館「徳川家康と豊臣政権」
ステラnet「副田甚兵衛役・前原瑞樹インタビュー」