大河ドラマ『豊臣兄弟!』第48話(最終回)では、豊臣秀吉(池松壮亮)が天下統一に向けて最後の戦いに挑みます。
尾張の農民から天下人へと上り詰めた兄と、それを支え続けた弟・秀長(仲野太賀)。
二人が歩んできた物語も、いよいよ終幕を迎えます。
この記事では、『豊臣兄弟!』第48話(最終回)のあらすじを紹介します。(ネタバレにご注意ください)
豊臣兄弟!第48話のネタバレとあらすじ
天正18年(1590年)、秀吉はいよいよ天下統一に向けた最後の戦いへ。全国の大名を動員し、北条氏の本拠地・小田原城を攻めます。
秀吉、天下統一を果たす
天正18年3月、秀吉の大軍が京の聚楽第から小田原へ向けて出陣しました。
全国の大名たちも次々と加わり、総勢20万人に及ぶ軍勢が小田原城を包囲します。
同年7月、ついに北条氏が降伏。豊臣家の天下統一が成し遂げられました。
長い道のりをともに歩んできた秀吉と秀長。二人は喜びを分かち合います。
「お前のおかげじゃ」
秀吉の言葉に、秀長も笑顔で応えました。
「やったのう兄者」
秀長、郡山城で永眠
年が明けた天正19年(1591年)1月。
大和郡山城で、豊臣秀長が永眠しました。
享年52。
兄・秀吉を支え続け、天下統一をともに成し遂げた秀長。その生涯が幕を閉じました。
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豊臣兄弟!第48話の見どころ解説
最終回では、秀吉の天下統一と秀長の死が描かれます。
ここでは、小田原征伐の実際の経過と、秀長が亡くなるまでの出来事を史実から振り返ります。
小田原征伐と天下統一
天正18年(1590年)、豊臣秀吉は関東の北条氏を討つため、大軍を率いて出陣しました。
北条氏の当主・北条氏直は小田原城に籠城。秀吉は城を包囲し、兵糧攻めによる長期戦に持ち込みます。
豊臣軍の兵力は、小田原市の資料では約18万人。一方、約22万人とする資料もあり、推計には幅があります。
小田原城を取り囲んだ秀吉は、近くの石垣山に城を築き、長期戦に備えました。
やがて北条氏は追い詰められ、7月5日に氏直が降伏。同月9日には小田原城が明け渡されました。
この戦いで関東の北条氏を降した秀吉は、その後、奥羽地方にも支配を広げます。
小田原征伐は、天下統一を決定づけた戦いだったのです。
ただし、秀長はこの頃すでに病を患っており、小田原征伐には出陣していませんでした。
豊臣秀長の最期とその後
豊臣秀長は、天正17年(1589年)12月に大病を患いました。
翌年10月には、兄の秀吉が郡山城を訪問。病床の弟を見舞っています。
秀吉は秀長の回復を願い、各地の神社で祈祷も行わせました。
しかし、秀長の病状は回復せず、天正19年(1591年)1月22日、郡山城で死去しました。
享年については51歳と52歳の説があり、興福寺の僧侶が記した『多聞院日記』では51歳とされています。
1月29日には郡山で葬儀が行われ、多くの大名が参列しました。
秀長の跡を継いだのは、養子の豊臣秀保です。
秀保は、秀吉と秀長の姉・瑞龍院の子。秀長が亡くなる直前の1591年正月に、秀長の娘と結婚していました。
しかし、秀保も文禄4年(1595年)に死去。秀長の死からわずか4年後のことでした。
兄の天下取りを支え、豊臣政権の重要な役割を担ってきた秀長。
天下統一から半年ほどで、秀吉は頼りにしていた弟を失ったのでした。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第48話の登場人物
| 人物 | キャスト | 第48話での役どころ |
|---|---|---|
| 豊臣秀長 | 仲野太賀 | 秀吉の弟。兄と天下統一の喜びを分かち合い、翌年に郡山城で永眠する。 |
| 豊臣秀吉 | 池松壮亮 | 小田原攻めを成功させ、天下統一を果たす。 |
尾張の農民から天下人へ。兄・秀吉と弟・秀長は、長い年月をかけて大きな夢を実現しました。
しかし、天下統一の喜びから半年ほどで、秀長はこの世を去ります。
「お前のおかげじゃ」
「やったのう兄者」
二人が交わした言葉が、最終回の印象的な場面となりそうです。
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参考:
小田原市「小田原合戦」
おだわらデジタルミュージアム「郷土読本 小田原」
大和郡山市「歴史年表」
秀長の輪 大和郡山「豊臣秀長と大和郡山」