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豊臣兄弟! あらすじ 大河ドラマ

【豊臣兄弟!ネタバレ】第44話のあらすじ「ある家臣の死」

豊臣秀吉(池松壮亮)が進める京の大仏造営。全国から大量の材木が集まるなか、秀長(仲野太賀)も熊野での材木調達を任されます。

この記事では、大河ドラマ『豊臣兄弟!』第44話のあらすじを紹介します。
(ネタバレにご注意ください)

大河ドラマ『豊臣兄弟!』のあらすじ・ネタバレ全話まとめ

 

豊臣兄弟!第44話のネタバレとあらすじ

豊臣兄弟のネタバレとあらすじ

秀吉、大仏造営を進める

秀吉は京に日本一の大仏を造ろうとしていました。

そのために全国から大量の材木や人足が集められます。前田利家や宇喜多秀家、宮部継潤らも立派な木材を献上しました。

ところが、徳川家康が差し出したのは、たった1本のヒノキ。

その木が富士の浅間大明神の御神木だと聞くと、秀吉はすっかり上機嫌に。

やがて秀吉は、残りの材木を熊野の山から切り出すと決めました。

 

秀次がその役目を引き受けようとしますが、秀吉はすでに秀長を責任者に選んでいました。

しかも、追加で五千本もの材木を用意するよう命じます。

 

熊野の材木を託された平助

熊野で材木集めを取り仕切っていたのは、秀長の家臣・吉川平助。

秀吉の突然の命令に、秀長は困り果てます。

そんな主君に、平助は笑顔で語りかけました。

「私は、しくじったときの殿が好きでございます。しくじった殿をお助けするのが私のなによりの喜びゆえ」

その言葉に、秀長も思わず笑みを浮かべます。

 

一方、秀吉が熊野の木を使うと決めたため、諸国の大名が献上した材木は不要になってしまいます。

秀長は大名たちに謝罪の書状を書き、対応に追われることに。

そんななか、平助が質の悪い材木を密かに売っているという噂が届きました。

 

秀長が問いただすと、平助は隠さず事情を話します。

人足たちから手間賃を増やしてほしいと頼まれ、余分な材木を売って、その金を工面していたと。

無理な仕事を押しつけた自分にも責任がある。秀長は平助に謝りました。

 

秀長が語る天下一統の夢

やがて材木の献上が無事に終わり、秀長の屋敷で宴が開かれました。

家臣たちを前に、秀長は自分が思い描く未来を語り始めます。

「わしは、この日の本全土を、網の目のごとく街道でつなげ、人や物をどんどんとめぐらせる仕組みを作りたい」

北から南まで、誰もが自由に行き来できる国にしたい。

そして、戦ではなく商いによって豊かになる国をつくりたいというのです。

 

それこそが自分の天下一統だと語る秀長。

その夢に家臣たちも心を動かされ、平助も実現を約束しました。

 

平助に下された死罪

宴が終わるころ、秀長の屋敷に前野長康が現れました。

材木を勝手に売った罪で、平助が秀吉のもとへ呼び出されたのです。

やがて、秀吉は平助に斬首を命じました。

 

秀長は必死に兄を説得。

平助は人足たちのために金を工面しただけ。もとはといえば、自分が無理な仕事を押しつけたことが原因。

しかし、秀吉は聞き入れません。

家臣が勝手な判断で材木を売ることを許せば、天下の秩序が乱れる。そう考えていたのです。

 

秀長がどれほど頼んでも、兄の決意は変わりませんでした。

天正16年(1588年)の暮れ、吉川平助は横領の罪で処刑されます。

大切な家臣を救えなかった秀長は、深い悔しさを抱えました。

 

秀吉と秀長が決裂

その後、秀次が秀長のもとに現れ、ある事実を告げました。

話を聞いた秀長は、すぐさま秀吉のもとへ向かいます。

兄と顔を合わせると、秀長は厳しく問いただしました。

しかし、秀吉は鋭い目で弟をにらみつけます。

「お前には目通りを禁ずる! 二度とわしの前にその顔を見せるでない!」

 

秀吉から面会を禁じられた秀長。

兄の前から立ち去り、降りしきる雨のなかを去っていきました。

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大河ドラマ『豊臣兄弟!』のあらすじ・ネタバレ全話まとめ

豊臣兄弟!第44話の見どころ解説

第44話で描かれた大仏造営と、吉川平助の処刑。実は、どちらも史実に関係する出来事です。

秀吉が建てた大仏の歴史や、平助がなぜ処刑されたのかを見ていきましょう。

秀吉が進めた方広寺の大仏造営

秀吉が京に巨大な大仏を造ろうとしたのは、実際の出来事です。

天正14年(1586年)、秀吉は奈良の東大寺にならう大仏の建立を計画しました。

天正16年(1588年)には工事が始まります。場所は現在の京都市東山区。のちに方広寺(ほうこうじ)と呼ばれる寺院。

大仏を造るには、膨大な材木や石材、人手が必要でした。

 

秀吉は各地から資材を集め、大勢の人々を工事に動員。

その規模は驚くほど大きく、大仏殿の完成までに何年もの歳月がかかりました。

 

文禄4年(1595年)、方広寺はほぼ完成します。

ところが翌年、大地震が発生。大仏は大きく壊れてしまいました。

大仏殿は残ったものの、秀吉は大仏を再建しないまま、慶長3年(1598年)に亡くなっています。

 

吉川平助は実在した?処刑の理由

第44話で命を落とした吉川平助。実は、実在した秀長の家臣です。

平助は熊野の材木を管理する山奉行を務めていました。

天正16年(1588年)、熊野から切り出した材木を大坂で売り、その代金を着服したとして罪に問われます。

その数は二万本余りとも伝わっています。

そして同年12月5日、大和の西大寺で処刑されました。

 

この事件は、奈良の興福寺の僧が書き残した『多聞院日記』にも登場します。

処刑後、平助の首は京でさらされたと伝わります。

 

ただし、ドラマのように人足の手間賃を増やすために材木を売ったのかどうかは、史実でははっきりしていません。

平助の行動を、家臣や働く人々のためだったと描いているのは、ドラマならではの部分かもしれませんね。

 

秀長も処分を受けた?

平助の事件は、主君である秀長にも影響しました。

秀長は家臣の不正を防げなかったとして、責任を問われたのです。

翌天正17年(1589年)の正月には、秀吉への新年の挨拶を許されなかったと伝わります。

 

秀長は金子七百枚を携えて大坂に向かいましたが、兄への面会はかなわなかったとされています。

家臣の不正によって、秀長までもが厳しい処分を受けたのです。

 

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第44話の登場人物

人物 キャスト 第44話での役どころ
豊臣秀長 仲野太賀 熊野の材木調達を任される。家臣の平助を救おうとするが、秀吉と対立する。
豊臣秀吉 池松壮亮 京の大仏造営を進める。材木を売った平助に死罪を命じる。
吉川平助 松岡広大 秀長の家臣。熊野の材木を売却した罪で処刑される。
豊臣秀次 山田涼介 秀吉の甥。秀長にある事実を伝える。
徳川家康 松下洸平 大仏造営のため、富士の浅間大明神の御神木を献上する。
前野長康 渋谷謙人 秀長の屋敷に現れ、平助を秀吉のもとへ連れていく。

 

こちらもCHECK

参考:
京都国立博物館「史跡・方広寺石塁」
文化遺産オンライン「方広寺石塁および石塔」
国立国会図書館『多聞院日記』第4巻
ORICON NEWS「豊臣兄弟!登場人物・キャスト一覧」

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