『ブラッサム』第2週で、珠たちが作る同人誌「黎明」。
仲間と好きなものを書き、1冊の雑誌にまとめます。
では、「黎明」に実在するモデルはあるのでしょうか。
この記事では、
- ブラッサム「黎明」のモデル
- 宇野千代が女学校時代に関わった「海潮音」
- 卒業後に作った回覧雑誌「海鳥」
- 「黎明」と宇野千代の文学活動の共通点
ブラッサム「黎明」のモデルは?

朝ドラ「ブラッサム」の「黎明」は、珠、忍、稲子、タエの4人が女学校時代に作る同人誌。
史実で特に重なるのが、宇野千代が女学校時代に関わった「海潮音(かいちょうおん)」です。
宇野千代顕彰会の年譜には、1913年、16歳のころに、
- 「女子文壇」へ変名で投稿
- 同人誌「海潮音」
- 『青鞜』『第三帝国』を読む
とあります。
ドラマでも、珠たちは『青鞜』に刺激を受け、自分たちの同人誌を作ります。しかも、どちらも女学校時代です。
時期や文学活動の流れを見ると、「黎明」と「海潮音」にはよく似た点があります。
珠たち4人が作る「黎明」
朝ドラ「ブラッサム」の中で、「黎明」を作るのは、山口第二高等女学校に通う4人。
| 登場人物 | 黎明での活動 |
|---|---|
| 葉野珠 | 小説を書く |
| 角田忍 | 同人誌作りを提案 |
| 森岡稲子 | 短歌を書く |
| 橋本タエ | 仲間として参加 |
きっかけは、忍が読んでいた女性文芸誌『青鞜』でした。
忍の呼びかけで、それぞれ好きなものを書くことに。珠が書いたのは、小説「やさしいアンナ」です。
「やさしいアンナ」は、トルストイの『イワンの馬鹿』から着想を得た物語です。
珠はそこに、継母リョウを思わせる女性を描きました。
4人の原稿をまとめ、同人誌「黎明」が完成します。
宇野千代の同人誌「海潮音」
宇野千代が文学に親しみ始めたのは、作家になってからではありません。
女学校時代から文章を書き、文芸誌を読んでいました。
16歳で「海潮音」に関わる
1913年、16歳の宇野千代は「女子文壇」などへ投稿し、同人誌「海潮音」にも関わっていました。
同じころに読んでいたのが『青鞜』や『第三帝国』です。ここも朝ドラ「ブラッサム」と重なります。
珠たちも『青鞜』に刺激を受け、「自分たちも書いてみよう」と動き始めるからです。
仲間5人で写真を撮る
『生きて行く私』には、宇野千代が若いころの文学仲間と写真を撮った思い出も登場します。
文学仲間5人で写真館へ出かけたエピソード。
朝ドラ「ブラッサム」でも、「黎明」を作った珠たちは4人で写真を撮ります。
同人誌を作り、文学仲間と写真を残す。
この流れもよく似ていますね。
「黎明」と「海潮音」を比較
朝ドラ「ブラッサム」の「黎明」と宇野千代の「海潮音」を比較してみましょう。
| ブラッサム「黎明」 | 宇野千代「海潮音」 | |
|---|---|---|
| 時期 | 女学校時代 | 女学校時代 |
| 活動 | 仲間と同人誌を作る | 同人誌に関わる |
| 『青鞜』 | 忍たちが読む | 宇野千代も読む |
| 写真 | 仲間4人で撮影 | 文学仲間5人で撮影 |
特に共通しているのは、
女学校時代に文学仲間ができる
↓
同人誌を作る
↓
仲間と写真を撮る
という流れです。
「黎明」と「海潮音」には、いくつもの共通点が見えてきます。
宇野千代の回覧雑誌「海鳥」
宇野千代は女学校を卒業したあとも、文学仲間との活動を続けました。
1914年に岩国高等女学校を卒業し、川下村尋常小学校の代用教員になります。
菊池寛一・鑓田研一ら7人で作った
このころ宇野千代が参加したのが、回覧雑誌「海鳥」です。
菊池寛一、鑓田研一ら同人7人で「海鳥」を出していたという記録があります。
鑓田研一は、のちに評論家・小説家として活動した人物です。
「海鳥」は本屋で販売する雑誌ではなく、仲間の間で回して読む回覧雑誌でした。
そこには小説・詩・短歌などが載せられています。
作家としてデビューする前から、宇野千代は仲間と作品を書き、読み合っていたのです。
「海潮音」と「海鳥」の違い
「海潮音」と「海鳥」は別の文学活動です。
| 海潮音 | 海鳥 | |
|---|---|---|
| 時期 | 女学校時代 | 女学校卒業後 |
| 宇野千代 | 女学生 | 代用教員 |
| 年代 | 1913年ごろ | 1914〜15年ごろ |
| 形態 | 同人誌 | 回覧雑誌 |
| 仲間 | 文学仲間 | 菊池寛一・鑓田研一ら7人 |
流れで見ると、
「海潮音」
↓
女学校卒業
↓
代用教員になる
↓
「海鳥」
となります。
朝ドラ「ブラッサム」の「黎明」と時期が近いのは女学校時代の「海潮音」です。
その後も宇野千代は「海鳥」に参加し、仲間との文学活動を続けていました。
「黎明」と宇野千代の文学活動
「黎明」は、宇野千代の若いころの文学活動と重なるところがいくつもあります。
流れをまとめてみましょう。
- 女学校時代から文学に親しむ
- 『青鞜』を読む
- 仲間と同人誌に関わる
- 文学仲間と写真を撮る
- 卒業後も回覧雑誌を作る
珠も「黎明」をきっかけに、本格的に小説を書き始めます。
仲間と一緒に「書くこと」を始める。
そんな珠の姿には、若い宇野千代の歩みが重なります。
珠の「やさしいアンナ」と宇野千代
朝ドラ「ブラッサム」の中で、「黎明」で珠が書くのが「やさしいアンナ」です。
もとになったのは、トルストイの『イワンの馬鹿』。
珠は『イワンの馬鹿』から着想を得て、継母リョウの姿を重ねた物語を書きます。
身近な人を題材に、自分なりの物語を書く。
「やさしいアンナ」は、珠が小説を書く第一歩になりました。
一方、宇野千代も女学校時代から雑誌への投稿や同人誌活動を始めています。
若いころから「書くこと」に夢中になっていたところも、珠と重なります。
⇒ ブラッサム「イワンの馬鹿」とは?珠が夢中で読んだ小説を解説
まとめ|ブラッサム「黎明」のモデル
以上、ブラッサム「黎明」のモデルについてご紹介しました。
「黎明」と特に共通点が多いのは、宇野千代が女学校時代に関わった「海潮音」です。
卒業後には、菊池寛一・鑓田研一らと「海鳥」も作りました。
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