宇野千代の人生を大きく変えた人物のひとりが、小説家の尾崎士郎です。
2人は文学をきっかけに縁が生まれ、東京で出会いました。そして宇野千代は、夫の待つ札幌へ戻らず、尾崎士郎との生活を始めます。
この記事では、
- 宇野千代と尾崎士郎の出会い
- 尾崎士郎との同棲生活
- 宇野千代の夫となった尾崎士郎
- 朝ドラ『ブラッサム』とのつながり
宇野千代と尾崎士郎の出会い

宇野千代と尾崎士郎の縁は、2人が直接会う前から始まっていました。
きっかけは、1921(大正10)年の「時事新報」懸賞小説です。
懸賞小説がきっかけに
宇野千代は『脂粉の顔』を「時事新報」の懸賞小説に応募します。
結果は一等、賞金200円。そして同じ懸賞で、尾崎士郎が二等に入りました。
つまり、2人の最初の接点は恋愛ではありません。「同じ懸賞小説に入選した若い作家同士」だったのです。
『脂粉の顔』の入選は、宇野千代にとっても大きな転機でした。ここから小説家としての道が開けていきます。
中央公論社で初対面
2人が直接出会ったのは、1922(大正11)年です。
当時、宇野千代は藤村忠と結婚し、札幌で暮らしていました。
宇野千代の『墓を発く』は『中央公論』への掲載が決まり、原稿料366円を受け取ります。その後、故郷の岩国へ帰省し、夫の待つ札幌へ戻ろうとしていました。
ところが、途中で東京に立ち寄り、再び中央公論社を訪れます。
そこで紹介されたのが、前年の懸賞小説で二等だった尾崎士郎でした。
宇野千代は、このときの気持ちを『生きて行く私』で振り返っています。
「私は立てなかった」
(引用:『生きて行く私』宇野千代)
一緒にいた人物が席を立ち、札幌へ向かう列車の時間が迫っても、宇野千代はその場を離れられませんでした。
また別の回想では、尾崎士郎との出会いについて、次のように語っています。
「私はこの最初の出会いから、尾崎士郎を心にとられたかと思います」
(引用:大田区立尾崎士郎記念館」)
初対面から、尾崎士郎に強く惹かれていたことが伝わってきます。
そして宇野千代は、夫の待つ札幌へ戻りませんでした。
札幌へ帰る途中の、ほんの立ち寄り。その出会いが、宇野千代の人生を大きく変えることになります。
宇野千代と尾崎士郎の同棲生活
尾崎士郎と出会った宇野千代は、そのまま東京に残ります。
ここから2人の同棲生活が始まりました。
菊富士ホテルで暮らし始める
2人が暮らした場所として知られているのが、東京・本郷の菊富士ホテルです。
菊富士ホテルは、大正から昭和初期にかけて、多くの作家や芸術家が滞在した宿でした。尾崎士郎も当時、このホテルに滞在していました。
宇野千代は、尾崎士郎との出会いをきっかけに、菊富士ホテルで一緒に暮らし始めます。
ただし、この時点ではまだ藤村忠との婚姻関係が続いていました。
札幌から東京へ。そして夫との生活から、尾崎士郎との生活へ。
宇野千代の暮らしは一気に変わりました。
馬込へ移る
1923(大正12)年、宇野千代と尾崎士郎は東京・馬込へ移ります。
現在の東京都大田区周辺です。
馬込にはその後、作家や詩人、画家など多くの文化人が集まるようになりました。のちに「馬込文士村」と呼ばれる場所です。
尾崎士郎は、その中心的な人物となっていきました。
2人の出会いから結婚までを整理すると、次のようになります。
1921年 『脂粉の顔』が一等入選
宇野千代が「時事新報」の懸賞小説で一等に入選。尾崎士郎は同じ懸賞で二等となりました。
1922年 尾崎士郎と出会う
宇野千代が中央公論社で尾崎士郎と直接出会います。その後、菊富士ホテルで一緒に暮らし始めました。
1923年 馬込へ移る
宇野千代と尾崎士郎は東京・馬込へ移ります。馬込にはその後、多くの文士が集まるようになりました。
1924年 尾崎士郎と結婚
藤村忠との協議離婚が成立。その後、尾崎士郎と正式に結婚しました。
文学から始まった縁が、短い間に同棲、そして結婚へと進んでいったのです。
宇野千代の夫となった尾崎士郎
尾崎士郎は1898(明治31)年、愛知県に生まれました。
早稲田大学に入学し、その後、文学の世界へ進みます。のちに『人生劇場』で広く知られる作家となりました。
宇野千代より1歳年下です。
| 項目 | 宇野千代 | 尾崎士郎 |
|---|---|---|
| 生年 | 1897年 | 1898年 |
| 出身 | 山口県岩国 | 愛知県 |
| 1921年 | 『脂粉の顔』一等 | 懸賞小説二等 |
| 1922年 | 尾崎士郎と出会う | 宇野千代と出会う |
| 1923年 | 馬込へ移る | 馬込へ移る |
| 1924年 | 尾崎士郎と結婚 | 宇野千代と結婚 |
宇野千代が尾崎士郎と暮らし始めた時点では、藤村忠との婚姻関係が続いていました。
その後、1924(大正13)年に藤村忠との協議離婚が成立。尾崎士郎と正式に結婚します。
こうして尾崎士郎は、宇野千代の夫となりました。
ただ、尾崎士郎は単なる「夫」ではありません。
同じ懸賞小説で名を並べ、同じ時代に作品を書いた作家仲間でもありました。
恋愛と文学。その両方で、宇野千代の人生に深く関わった人物だったのです。
ブラッサムではどう描かれる?
朝ドラ『ブラッサム』は、宇野千代をモデルとする葉野珠の人生を描く物語です。
尾崎士郎をモデルとする人物が、西尾一路。演じるのは染谷将太さんです。
西尾一路は、新進気鋭の若い小説家。同じ出版社に出入りする珠と出会い、互いに刺激を与えながら成長していく人物として発表されています。
史実では、中央公論社での出会いをきっかけに、宇野千代の人生は大きく動きました。
札幌へ戻るはずだった宇野千代が、東京に残ることになったのです。
『ブラッサム』では、珠と一路の出会いがどのように描かれるのでしょうか。
まとめ|宇野千代と尾崎士郎の出会い
以上、宇野千代と尾崎士郎の出会いについてご紹介しました。
2人の縁は1921年の懸賞小説から始まり、翌年に中央公論社で初対面。その後、宇野千代は札幌へ戻らず、尾崎士郎との生活を始めました。
馬込へ移った2人は、藤村忠との離婚を経て、1924年に正式に夫婦となります。
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