朝ドラ『ブラッサム』に登場する若き小説家・西尾一路。
実在モデルは、『人生劇場』で知られる小説家・尾崎士郎です。尾崎士郎は、主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代と若い時代をともに過ごし、夫婦となった人物でもあります。
この記事では、
- ブラッサムの西尾一路の実在モデル
- 尾崎士郎はどんな小説家だったのか
- 宇野千代と尾崎士郎の出会いと結婚生活
- 二人が別れたあとの尾崎士郎
- 西尾一路を演じる染谷将太さん
ブラッサムの西尾一路の実在モデルは尾崎士郎

朝ドラ『ブラッサム』に登場する西尾一路の実在モデルは、小説家・尾崎士郎です。
西尾一路は、主人公・葉野珠と同じ出版社に出入りする若き小説家。珠の才能を早くから認め、やがて互いに切磋琢磨していきます。
モデルとなった尾崎士郎も、宇野千代と同じ文学の世界を歩いた人物でした。
1898年、現在の愛知県西尾市に生まれ、のちに『人生劇場』が大ヒット。人気作家として広く知られるようになります。
ただ、宇野千代と出会ったころは、まだ若い作家でした。
二人は東京で暮らし、それぞれ小説を書きながら文学の道を進んでいきます。
尾崎士郎はどんな人物?
尾崎士郎といえば、代表作は『人生劇場』です。
ですが、最初から売れっ子だったわけではありません。早稲田大学に進学し、学生時代は雄弁家として活躍。普選運動や社会主義運動にも関わったのち、文学へと進みました。
『人生劇場』で人気作家に
1921年、尾崎士郎の「獄中より」が『時事新報』の懸賞に入選します。
文壇へ足を踏み入れたのは、このころでした。
大きな転機は1930年代にやってきます。
1933年、「人生劇場」の新聞連載がスタート。1935年に『人生劇場』が刊行されると、川端康成から高く評価され、一躍ベストセラーとなりました。
ここから尾崎士郎の名は一気に広がります。
『人生劇場』はその後も書き継がれ、映画やテレビドラマにもなった代表作です。
尾崎士郎の歩み
尾崎士郎の人生を、時系列で見てみましょう。
1898年 愛知県に生まれる
愛知県幡豆郡横須賀村、現在の西尾市吉良町に生まれました。
1916年 早稲田大学へ入学
早稲田大学政治科へ進学。学生時代は雄弁家としても活躍します。
1921年 文壇へ登場
「獄中より」が『時事新報』の懸賞に入選。小説家として歩み始めます。
1923年 宇野千代と馬込で暮らす
前年に知り合った宇野千代と東京・馬込で暮らし始めます。同じ年には「凶夢」を発表し、川端康成から高く評価されました。
1930年 宇野千代と離婚
宇野千代と離婚。その後、古賀清子と結婚しました。
1933年 『人生劇場』の連載開始
「人生劇場」の新聞連載が始まります。
1935年 『人生劇場』がベストセラーに
単行本として刊行され、川端康成の高い評価もあって大ヒット。人気作家としての地位を確立しました。
1964年 66歳で死去
1964年2月19日、66歳で亡くなりました。
こうして見ると、宇野千代と暮らしていたのは『人生劇場』がヒットする前です。
まだ世に出る途中だった若い作家が、その後、大きな成功をつかんだことがわかります。
宇野千代と尾崎士郎の出会い
宇野千代と尾崎士郎が出会ったのは1922年ごろ。
当時、二人はともに24歳前後でした。宇野千代のほうが少し年上ですが、ほぼ同い年です。
東京で出会い暮らし始める
1922年、宇野千代と尾崎士郎は知り合います。
翌1923年には、東京・馬込で一緒に暮らし始めました。
まだ二人とも20代半ば。のちに知られる人気作家になる前の、若い作家同士です。
当時の馬込周辺には、多くの作家や芸術家が住んでいました。のちに「馬込文士村」と呼ばれる地域です。
尾崎士郎も、馬込文士村の中心人物となっていきました。
作家同士として過ごした日々
宇野千代と尾崎士郎は、夫婦であると同時に作家同士でもありました。
1923年、尾崎士郎は「凶夢」を発表。川端康成から高く評価されます。
宇野千代も小説を書き続けていました。
作家仲間が集まり、文学を語り、それぞれ作品を書く。暮らしと文学がすぐ隣にある毎日だったのでしょう。
朝ドラ『ブラッサム』で、西尾一路と葉野珠が互いに切磋琢磨する関係として描かれるのも、実在の二人を思わせます。
宇野千代と尾崎士郎の結婚生活
宇野千代と尾崎士郎は、1920年代をともに過ごしました。
若い作家同士の暮らしは、にぎやかなものだったようです。
宇野千代が振り返った二人の暮らし
宇野千代は、尾崎士郎との結婚生活をこんな言葉で振り返っています。
「面白おかしく暮らしているうちに、四年もの歳月が経っていた」
(引用:西尾市「尾崎士郎記念館」)
「面白おかしく」という表現が印象的ですね。
作家仲間が行き交い、文学に囲まれた日々。短い言葉ですが、二人の暮らしの空気が伝わってきます。
明るく人に好かれた尾崎士郎
尾崎士郎は、多くの文士たちと交流しました。
のちに妻となった古賀清子も、尾崎士郎についてこう振り返っています。
「(士郎の)豪快な明るさとユーモアが家庭の中にもいっぱいに漂っていた」
(引用:西尾市「尾崎士郎記念館」)
明るく、人を引きつける人物だった様子が伝わります。
馬込でも多くの文士たちと交流し、やがて馬込文士村の中心人物となりました。
宇野千代と尾崎士郎の離婚
宇野千代と尾崎士郎は1930年に離婚しました。
ここから二人は、それぞれ別の人生を歩み始めます。
1930年に二人は離婚
離婚後、尾崎士郎は古賀清子と結婚し、大森山王で暮らし始めました。
一方、宇野千代は同じ1930年、画家・東郷青児と暮らし始めます。
若いころをともに過ごした二人の生活は、ここで一区切りとなりました。
ただ、この時点では『人生劇場』はまだ生まれていません。
尾崎士郎が作家として大きく飛躍するのは、このあとです。
離婚後に『人生劇場』がヒット
1933年、「人生劇場」の新聞連載が始まります。
1935年に単行本になると、川端康成の高い評価もあり、ベストセラーとなりました。
尾崎士郎は、ここから花形作家へ。
宇野千代と暮らしていたころは、まだ世に出る途中でした。そこから『人生劇場』を生み出し、人気作家へと駆け上がったのです。
朝ドラ『ブラッサム』の西尾一路が「新進気鋭の若き小説家」として登場するのも、このころの尾崎士郎と重なります。
ブラッサムで西尾一路を演じるのは染谷将太さん
朝ドラ『ブラッサム』で西尾一路を演じるのは、染谷将太さんです。
西尾一路は、主人公・葉野珠と同じ出版社に出入りする若き小説家。珠の才能を早くから認め、やがて互いに刺激を与え合う存在となります。
染谷将太さんは、西尾一路について次のようにコメントしています。
「素直で正直、そして一直線な男」
(引用:NHK「ブラッサム 出演者発表」)
モデルとなった尾崎士郎も、宇野千代と若い時代をともに過ごし、その後『人生劇場』で人気作家となりました。
その人生を知ると、西尾一路という人物もより立体的に見えてきます。
染谷将太さんが、若き小説家の勢いや葛藤をどう演じるのか。
葉野珠との関係にも注目です。
まとめ|西尾一路の実在モデル・尾崎士郎
以上、朝ドラ『ブラッサム』の西尾一路と、実在モデル・尾崎士郎についてご紹介しました。
尾崎士郎は宇野千代と若い時代をともに過ごし、その後『人生劇場』で人気作家となった人物です。
二人が出会ったころは、まだともに20代半ば。これから文学の世界へ踏み出していく時期でした。
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