朝ドラ『ブラッサム』第6週では、札幌に移り住んだ葉野珠が、頼母子講で1000円という大金を引き当てます。
現在なら1000円はちょっとした買い物に使う金額ですが、大正時代はまったく違いました。
当時の給料を基準にすると、現在の約500万円に相当する大金だったのです。
この記事では、
- 大正時代の1000円は現在の価値でいくらか
- 当時の給料と1000円の比較
- 『ブラッサム』の1000円と宇野千代の実話
についてご紹介します。
大正時代の1000円は現在の価値で約500万円!

結論からいうと、大正時代の1000円は現在の約500万円に相当します。
これは、当時と現在の大卒初任給を比較した金額です。
1921年(大正10年)頃の大卒初任給は、月50円ほど。一方、2025年の大卒初任給は平均26万2,300円です。
| 比較項目 | 金額 |
|---|---|
| 大正時代の大卒初任給 | 約50円 |
| 現在の大卒初任給(2025年) | 約26万2,300円 |
| 1000円は当時の月給の何か月分? | 20か月分 |
| 現在の給料で換算すると? | 約525万円 |
つまり、1000円は大卒サラリーマンの初任給なら、1年8か月分にもなる金額でした。
もちろん、当時と現在では物価や暮らし方が違います。それでも、今の約500万円と考えると、相当な大金だったことがわかりますね。
では、ほかの職業ではどうだったのでしょうか。大正末期の給料と比べてみましょう。
| 職業 | 当時の月給 | 1000円は月給の何か月分? |
|---|---|---|
| 大卒サラリーマン | 約50〜60円 | 約17〜20か月分 |
| タイピスト | 約40円 | 約25か月分 |
| 電話交換手 | 約35円 | 約29か月分 |
| 事務員 | 約30円 | 約33か月分 |
※大正末期の職業別給与をもとに計算した目安です。
例えば、月給30円の事務員なら、1000円は約2年9か月分の給料に相当します。
しかも、生活費を一切使わなかった場合の計算です。
これほどのお金を一度に手にするのは、当時の人々にとって大きな出来事だったのでしょう。
『ブラッサム』で珠が1000円を引き当てる!
『ブラッサム』第6週では、珠と保が東京を離れ、北海道の札幌へ移住します。
二人を迎えたのは、保の親戚である木村正吾と妻の浪江。珠は浪江の勧めで仕立物の仕事を始め、頼母子講にも参加することになりました。
頼母子講とは、仲間同士でお金を出し合い、まとまったお金を参加者が受け取る仕組みのこと。
そして、ある晩のこと。
珠は頼母子講で1000円という大金を引き当てるのです。
現在の給料で考えると約500万円。札幌で新生活を始めた二人にとって、思いがけない出来事でした。
なお、頼母子講は宝くじとは違い、お金を受け取ったあとも掛け金を払い続ける仕組みです。
⇒ 『ブラッサム』頼母子講とは?意味や仕組みをわかりやすく解説
⇒宇野千代は札幌へなぜ行った?北海道で小説家への道が開けた理由
史実の宇野千代は頼母子講で家を購入!
実は、このエピソードには史実との共通点があります。
主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代も、1920年(大正9年)頃、夫の藤村忠と札幌で暮らしていました。
千代は裁縫の腕を生かして仕立物を始め、その収入を頼母子講の掛け金に充てていたのです。
ところが、参加して3か月目に思いがけない幸運が訪れます。
宇野千代は自伝『生きて行く私』で、次のように振り返っています。
「三カ月目に、思い掛けない大金が、私の手に落ちたのであった。」
(引用:『生きて行く私』 宇野千代)
そして千代は、そのお金をきっかけに札幌で一軒家を購入しました。
購入したのは、札幌の東十一条にあった古い一軒家。家探しを手伝ったのは、同じ頼母子講に参加していた男性でした。
朝ドラでは1000円という金額が登場しますが、宇野千代の自伝では「大金」と表現されています。
それでも、頼母子講でまとまったお金を手にし、家の購入につながったという出来事は共通しています。
ちなみに、宇野千代は札幌で小説『脂粉の顔』も執筆。1921年には新聞の懸賞小説で一等に選ばれ、作家としての道を歩み始めました。
札幌は宇野千代にとって、暮らしも人生も大きく変わった場所だったのです。
まとめ|大正時代の1000円は現在の約500万円
以上、大正時代の1000円の価値についてご紹介しました。
当時の給料を基準にすると、1000円は現在の約500万円に相当します。
史実の宇野千代も、札幌で頼母子講から大金を受け取り、一軒家を購入していました。
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