朝ドラ『ブラッサム』の主人公・葉野珠のモデルとなった宇野千代。
宇野千代は幼いころに実母・トモを亡くし、継母のリュウに育てられました。
この記事では、
- 宇野千代の継母・リュウのプロフィール
- 宇野千代とリュウの年齢差や親子関係
- リュウと5人の子供たち
- 朝ドラ『ブラッサム』の葉野リョウとの共通点
宇野千代の継母・リュウはどんな人?
宇野千代の継母・リュウは、まだ10代のころに宇野家へ嫁ぎました。
まずは基本情報から見ていきましょう。
継母・リュウのプロフィール
宇野千代の継母・リュウは、資料によって「佐伯リュウ」または「宇野リュウ」と書かれています。
「佐伯」は結婚前の名字です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 宇野リュウ |
| 旧姓 | 佐伯 |
| 生年 | 1883年(明治16年) |
| 出身 | 山口県玖珂郡川下村 |
| 夫 | 宇野俊次 |
| 子供 | 4男1女 |
| 宇野千代との関係 | 継母 |
| 没年 | 1951年(昭和26年) |
リュウは1883年(明治16年)、山口県玖珂郡川下村に生まれました。
現在の山口県岩国市川下周辺にあたります。
実家では、佐伯順一郎とミヱの四女として育ちました。
リュウの性格について詳しく書かれた公的な記録は多くありません。
ただし、宇野千代が残した回想からは、継子である宇野千代をとても大切に育てた様子が伝わってきます。
17歳で宇野千代の父・俊次と結婚
宇野千代の実母・トモは、宇野千代が1歳半を過ぎたころに肺結核で亡くなりました。
その翌年の1900年(明治33年)5月、父・宇野俊次は佐伯リュウと再婚します。
結婚したとき、俊次は45歳、リュウは17歳でした。
2人の年齢差は28歳です。
リュウは若くして、夫と幼い子供がいる家庭へ入ることになりました。
宇野千代はまだ2歳。
リュウと宇野千代の新しい母娘生活は、ここから始まりました。
宇野千代と継母・リュウの関係
継母と継子と聞くと、複雑な関係を想像する人もいるかもしれません。
ところが、宇野千代とリュウはとても深い絆で結ばれていました。
14歳差の母娘だった
1883年生まれのリュウと、1897年生まれの宇野千代。
2人の年齢差は14歳でした。
親子というより、姉妹に近い年齢差。
リュウが宇野家へ嫁いだときは、まだ17歳でした。
幼い宇野千代の母になるだけでなく、その後に生まれた5人の子供たちも育てています。
年齢が近かったから姉妹のような関係だったのかもしれませんが。
宇野千代は、リュウをあくまで「母」として慕っていました。
宇野千代はリュウを実母だと思っていた
宇野千代は、14歳になるまでリュウを実母だと思っていました。
実母・トモと死別したのは、まだ1歳半を過ぎたころ。
宇野千代には、実母の記憶がほとんど残っていませんでした。
さらにリュウは、宇野千代を継子として遠ざけることなく、愛情を注いで育てました。
そのため宇野千代は、リュウが継母だとは思わずに成長したのです。
14歳のとき、宇野千代は伯母から実母・トモの存在を知らされます。
それでも、リュウへの思いが変わることはありませんでした。
宇野千代は自伝の中で、リュウが実母ではないと知ったあとも、そのまま母として愛していたと振り返っています。
血のつながりを知ったことで、母娘の関係が崩れたわけではなかったのですね。
実子より宇野千代を優先したリュウ
リュウが宇野千代を大切にしていたことがわかる、印象的な話があります。
近所からおはぎなどをもらうと、幼い弟妹たちは早く食べたいと母にせがみました。
しかしリュウは、宇野千代が帰ってくるまで待たせたといいます。
まず宇野千代に食べさせ、そのあとで実子たちに分けていました。
NPO宇野千代生家の紹介では、宇野千代本人の回想をもとに、リュウは宇野千代と実子の間にはっきりと差をつけていたと説明されています。
ただし、それは宇野千代を冷遇するためではありません。
反対に、継子である宇野千代を先に立てるための区別でした。
宇野千代はこの子育てについて、昔の芝居などに描かれる継子いじめとは正反対だったと振り返っています。
なぜリュウが宇野千代をそこまで優先したのか、詳しい理由はわかっていません。
それでも、宇野千代が疎外感を持たないよう心を配っていた様子がうかがえますね。
継母・リュウの5人の子供
リュウは宇野俊次との間に、5人の子供をもうけました。
宇野千代にとっては、母親の異なる弟と妹にあたります。
4人の弟と1人の妹を育てた
リュウの子供は、4人の男の子と1人の女の子です。
| 続柄 | 名前 |
|---|---|
| 長男 | 薫 |
| 次男 | 鴻(ひろし) |
| 長女 | 勝子 |
| 三男 | 光雄 |
| 四男 | 文雄 |
宇野千代を含めると、宇野家には6人のきょうだいがいたことになります。
リュウは実子が増えてからも、宇野千代を後回しにしませんでした。
むしろ、長女として宇野千代を立てながら、6人の子供たちを育てています。
宇野千代は「小さなお母さん」になった
宇野千代もまた、弟や妹の世話をよくしていました。
弟妹が生まれるたびに、幼い宇野千代はおんぶをして子守をしたといいます。
宇野千代は当時の自分について、「小さいお母さん」になったような気持ちだったと振り返っています。
リュウから大切にされた宇野千代は、その愛情を弟妹にも返していったのでしょう。
のちに宇野千代と親しくなった作家・広津和郎も、宇野千代が異母弟妹をよく世話し、仲よくしていることに感心していたそうです。
ただし、宇野千代が面倒見のよい性格になった理由を、リュウの育て方だけに結びつけることはできません。
リュウの影響がどの程度あったのかは、はっきりわかっていないからです。
それでも、宇野千代と5人の弟妹が親しく過ごしていたことは、本人の回想などから確認できます。
宇野千代を支えた継母・リュウ
リュウは、宇野千代を育てただけではありません。
進学や故郷からの旅立ちなど、人生の節目でも宇野千代を支えました。
宇野千代の女学校進学を支えた
宇野千代は1910年(明治43年)、岩国高等女学校へ進学しました。
現在の山口県立岩国高等学校です。
宇野千代は小学校時代から成績がよく、女学校でも高い成績を収めていました。
一方、当時の宇野家の暮らしには、金銭的な余裕がなかったとされています。
リュウは宇野千代を学校へ通わせるため、製糸工場へ働きに出て学費を工面したと伝わっています。
宇野千代も女学校を卒業すると、小学校の代用教員として働き始めました。
そして月給の8円を母に渡し、自分は質素な食事で暮らしたといいます。
リュウが一方的に宇野千代を支えていたのではありません。
宇野千代も働ける年齢になると、家計を支えました。
2人は母と娘として、苦しい時期を一緒に乗り越えていたのですね。
京城へ向かう宇野千代を見送った
代用教員として働いていた宇野千代は、同僚教師との恋愛が問題となり、1915年(大正4年)に教職を離れました。
その後、宇野千代は故郷を出て、当時の京城へ向かいます。
現在の韓国・ソウルです。
世間の目を避けて出発しようとする宇野千代に、リュウは汽車ではなく、新港から船に乗る方法を勧めました。
そして夜明け前、宇野千代を新港まで送り届けたといいます。
リュウは宇野千代を強く責めたり、無理に引き止めたりしませんでした。
静かに送り出し、体を気遣る言葉をかけています。
この出来事は、宇野千代の自伝『生きて行く私』にも描かれました。
何があっても宇野千代を見放さなかった、リュウの姿が伝わる場面です。
晩年まで続いた宇野千代との絆
宇野千代が故郷を離れ、東京などで暮らすようになってからも、リュウとのつながりは続きました。
1926年(昭和元年)、宇野千代は尾崎士郎とともに岩国へ滞在しています。
そのときも、リュウや弟妹たちとの交流がありました。
リュウは1951年(昭和26年)に亡くなっています。
上位サイトでは、晩年のリュウが胃がんを患い、宇野千代のもとで看病を受けたことが紹介されています。
また、リュウは亡くなる前まで、岩国にある古い家のことを心配していたそうです。
宇野千代はその思いを受け継ぎ、のちに生家の修復に取り組みました。
山口県観光サイトによると、宇野千代の希望で生家はほぼ昔のままに復元され、1974年(昭和49年)に完成しています。
宇野千代が生家を残そうとした背景には、リュウが大切にしていた家への思いもあったのでしょう。
ただし、宇野千代が生家を修復した理由をリュウの遺志だけに限定することはできません。
ここでは、リュウが家を心配していたことと、宇野千代がのちに生家を修復したことを、確認できる事実として分けておきます。
『ブラッサム』の葉野リョウとの共通点
朝ドラ『ブラッサム』には、主人公・葉野珠の継母として葉野リョウが登場します。
宇野千代の継母・リュウと、どのような共通点があるのでしょうか。
葉野リョウを演じるのは国仲涼子さん
葉野リョウを演じるのは、国仲涼子さんです。
葉野リョウは、実母を亡くした幼い葉野珠のもとへやって来る、父・葉野清治の後妻です。
その後、珠にとっての弟や妹を産み、家族を支える人物として紹介されています。
名前も、史実の「リュウ」からドラマでは「リョウ」に変えられています。
『ブラッサム』は宇野千代の人生をもとにしていますが、登場人物の名前や設定にはドラマ独自の変更が加えられています。
史実とドラマは、分けて見ていく必要がありそうです。
宇野リュウがモデルと考えられる理由
葉野リョウと宇野リュウには、いくつかの共通点があります。
| 葉野リョウ | 宇野リュウ |
|---|---|
| 主人公の継母 | 宇野千代の継母 |
| 主人公の父の後妻 | 宇野俊次の後妻 |
| 主人公の弟妹を産む | 4男1女を産む |
| 家族を献身的に支える | 宇野千代や実子たちを支えた |
人物の立場や家族構成を見ると、葉野リョウは宇野リュウを参考に作られた可能性が高いですね。
葉野リョウについては、関連記事でさらに詳しくご紹介します。
まとめ|宇野千代を愛情深く育てた継母・リュウ
以上、宇野千代の継母・リュウについてご紹介しました。
最後に、リュウについてわかったことをまとめます。
- 旧姓は佐伯
- 17歳で宇野千代の父・俊次と結婚
- 宇野千代との年齢差は14歳
- 宇野千代を実子以上に優先して育てた
- 4人の息子と1人の娘をもうけた
- 宇野千代の女学校進学や故郷からの旅立ちを支えた
- 1951年に亡くなった
- 『ブラッサム』の葉野リョウと多くの共通点がある
宇野千代とリュウには、血のつながりはありませんでした。
それでも宇野千代はリュウを実母だと思って育ち、事実を知ったあとも変わらず母として慕いました。
継母と継子という言葉だけでは語りきれない、深い親子関係だったことがわかります。
朝ドラ『ブラッサム』では、葉野珠と継母・葉野リョウの関係がどのように描かれるのかにも注目したいですね。
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