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朝ドラ ブラッサム トピックス

宇野千代の妊娠と流産|子どもはいた?「我が子同然」の4人との関係

朝ドラ『ブラッサム』のモデルとなった作家・宇野千代。

4度の結婚と数々の恋愛で知られていますが、実は何度も妊娠・流産を経験したといわれています。子どもを出産したという話もあり、宇野千代の母親としての一面はあまり知られていません。

この記事では、

  • 宇野千代が経験した妊娠と流産
  • 子どもを育てなかった背景
  • 「我が子同然」と接した4人との関係
  • 朝ドラ『ブラッサム』での妊娠エピソード

についてご紹介します。

宇野千代の妊娠と流産|実子がいない理由は?

宇野千代の妊娠と流産

宇野千代には、成長した実子はいません。しかし、結婚生活のなかで何度も妊娠し、流産を経験したと伝えられています。

その相手は誰だったのでしょうか。

藤村忠との間で5回妊娠、4回流産したという記録

宇野千代が妊娠と流産を繰り返したとされるのは、2番目の夫・藤村忠との結婚生活です。

藤村忠は宇野千代のいとこで、1919(大正8)年に結婚。翌年には北海道・札幌へ移り住みました。

この結婚生活で、5回の妊娠を経験したという話が残されています。

妊娠・出産 伝えられている内容
妊娠 5回
流産 4回
出産 1回
生まれた子ども 出産当日に死亡したとされる

何度も新しい命を授かりながら、子どもを育てることは叶いませんでした。

その後、宇野千代は藤村忠と離婚。尾崎士郎との結婚生活を経て、画家・東郷青児との同棲、作家・北原武夫との結婚へと進んでいきます。

子どもを育てられなかった背景と葛藤

宇野千代は後年、親交のあった作家・瀬戸内寂聴に、自分は骨盤が狭く、子どもが育たない体だったと語ったそうです。

一方、1935(昭和10)年に発表した短編小説『私と子供』には、子どもを失う女性の姿が描かれています。

主人公の「私」は、寵子(ちょうこ)という女の子を出産。しかし、生まれた娘はわずか3日で亡くなってしまいます。

子どもとの別れを描いた、胸に迫る物語です。

宇野千代は自伝『生きて行く私』でも、妊娠や流産について多くを語っていません。一方、小説『私と子供』には、娘を失った女性の姿が描かれています。

 

血のつながりを超えて「我が子同然」の存在へ

実子を育てることはなかった宇野千代ですが、人生には親子のように親しく接した人たちがいました。

幼い子どもと一緒に暮らした時期もあれば、晩年まで生活を支えてくれた秘書もいます。

東郷青児の子どもたちとの再会では、自分が母親になったような感覚を抱いたことも、自伝に綴っています。

血のつながりだけではない、宇野千代と子どもたちの関係。それぞれのエピソードを見ていきましょう。

▶宇野千代の家系図|両親・きょうだいから子孫まで

宇野千代と親子のような縁で結ばれた4人

宇野千代と親子のような関係を築いた人物として、4人の名前が挙げられます。

まずは、それぞれの関係を整理してみましょう。

名前 宇野千代との関係
藤江淳子 36年間支えた秘書
東郷志馬 東郷青児の息子。同居経験あり
東郷たまみ 東郷青児の娘。後年に交流
北原ミキ 北原武夫と前妻の娘。継娘

4人との出会いや交流には、どのようなエピソードがあったのでしょうか。

藤江淳子|36年仕えた秘書を娘のように

藤江淳子(ふじえ・あつこ)は、宇野千代を長年支えた秘書です。

北原武夫の縁で宇野千代と出会い、やがて生活をともにするようになりました。秘書として36年間にわたって公私を支え続けた人物です。

2人の関係は、単なる作家と秘書ではありません。

宇野千代は『人生学校』の中で、藤江淳子について次のように語っています。

「本当の子供以上ともいえる娘に恵まれました」

(引用:宇野千代『人生学校』)

淳子を「淳っちゃん」と呼び、日常生活をともにした宇野千代。

宇野千代がけがで長期入院したときには、藤江淳子が約70日間付き添い、身の回りの世話をしたというエピソードもあります。

いつしか藤江淳子の存在は、宇野千代にとって欠かせないものになっていました。

1996年、宇野千代が亡くなると、藤江淳子は葬儀の喪主を務めます。

その後も宇野千代の著作やブランドを守り、作品を次の世代へ伝える役割を担いました。

 

東郷志馬|東郷青児との同居時代の継子

東郷志馬(とうごう・しま)は、画家・東郷青児と永野明代の間に生まれた息子です。

1930年ごろ、宇野千代は東郷青児と同棲を始めます。このとき、幼い志馬とも一緒に暮らしていました。

宇野千代は志馬を継子、自分を継母と表現しています。

その後、志馬は実母のもとへ戻り、同居生活は終わります。

それから長い年月が流れ、2人が再会したのは、東郷青児の三回忌に開かれた「東郷青児を偲ぶ会」でした。

大人になった志馬の顔立ちは、父・東郷青児にそっくり。しかし、その目もとには、父親とは違うやさしさが漂っていたといいます。

幼いころに一緒に暮らした子どもとの、数十年ぶりの再会。宇野千代は、このときの印象を自伝に残しています。

東郷たまみ|東郷青児を介した縁

東郷たまみは、東郷青児と東郷盈子の間に生まれた娘です。

父と同じく画家として活躍し、若いころには歌手としても活動していました。

宇野千代が東郷青児と別れた後に生まれたため、2人に同居経験はありません。

初めて出会ったのは、宇野千代の小説『おはん』の出版記念会でした。

この席で東郷たまみが歌を披露したことをきっかけに、交流が始まります。

その後、東郷青児が亡くなった際には、志馬とたまみ、宇野千代の3人で故人を偲ぶ機会がありました。

宇野千代はこのとき、志馬とたまみを自分の子ども、自分を母親のように感じたと振り返っています。

かつて愛した男性の子どもたちと、長い年月を経て家族のような関係になる。

宇野千代の人生を象徴するような、不思議な縁ですね。

▶宇野千代の男性遍歴|4人の夫と東郷青児との関係

 

北原ミキ|北原武夫との結婚で継娘に

北原ミキは、作家・北原武夫と前妻・美保子の間に生まれた娘です。

1939(昭和14)年4月1日、宇野千代は北原武夫と結婚。この結婚によって、ミキの継母になりました。

しかし、2人が母娘として過ごした時間はわずかでした。

ミキは幼いころから病気を患っており、同年7月、7歳で亡くなったと伝えられています。

宇野千代と北原武夫が結婚してから、わずか3か月ほどのことです。

短い時間ではありましたが、北原ミキも宇野千代が家族として迎えた子どもの一人でした。

朝ドラ『ブラッサム』で描かれる妊娠と子どもたち

朝ドラ『ブラッサム』では、宇野千代をモデルとした主人公・葉野珠を石橋静河さんが演じています。

ドラマにも、妊娠や子どもをめぐる大きな転機が登場します。

ドラマでの妊娠・流産エピソードは?

第6週(2026年11月2日〜6日放送予定)では、葉野珠が木村保(金子大地さん)との子どもを妊娠します。

2人は結婚し、新しい生活を始めることに。しかし、妊娠中の珠に思いがけない出来事が起こります。

この出来事は、珠と保の夫婦関係や、その後の人生を大きく変えることになります。

いったい珠の身に何が起こるのでしょうか。

第6週の詳しい展開と結末は、以下の記事で紹介しています。

▶朝ドラ『ブラッサム』第6週の詳しいあらすじ(ネタバレあり)

 

「我が子同然」の4人はドラマに登場する?

宇野千代の秘書・藤江淳子を思わせる人物が、松たか子さん演じる藤川優子です。

藤川優子は葉野珠の秘書で、公私にわたって主人公を支える役どころ。史実の藤江淳子にも通じる設定です。

一方、東郷志馬・東郷たまみ・北原ミキにあたる人物が登場するのかも気になるところ。

宇野千代と子どもたちの関係が、ドラマでどのように描かれるのか注目したいですね。

 

まとめ|宇野千代の妊娠・流産と子どもたち

以上、宇野千代の妊娠と流産、そして親子のような縁で結ばれた4人との関係についてご紹介しました。

藤村忠との間に5回妊娠し、4回流産したという話が残る宇野千代。

成長した実子はいませんでしたが、藤江淳子、東郷志馬、東郷たまみ、北原ミキとは、それぞれ特別な縁で結ばれていました。

血のつながりを超えた、宇野千代と4人の関係も印象的です。

朝ドラ『ブラッサム』でも、宇野千代の母親としての一面がどのように描かれるのか、注目したいですね。

▶朝ドラ『ブラッサム』のあらすじ全話まとめはこちら

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