宇野千代の父方の伯父として知られる、宇野政介。
宇野政介は、父・宇野俊次の兄で、高森にあった宇野本家の酒造業を継いだ人物とされています。幼い宇野千代も、実母を亡くしたあと、一時この宇野本家に預けられました。
この記事では、
- 宇野千代の伯父・宇野政介とはどんな人物か
- 宇野家が営んでいた酒造業
- 宇野千代と伯父・宇野政介との関係
宇野千代の伯父・宇野政介とは?

宇野政介は、宇野千代の父・宇野俊次の兄。千代にとって、父方の伯父にあたる人物です。
まずは、宇野政介について簡単に見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 宇野政介 |
| 宇野千代との関係 | 父・宇野俊次の兄 |
| 宇野家 | 高森の宇野本家 |
| 家業 | 酒造業 |
| 千代との接点 | 幼い千代が宇野本家に一時預けられた |
父・俊次の実家は、高森にあった宇野本家です。宇野家は代々造り酒屋を営む家で、財産家としても知られていました。
父・俊次の兄
宇野政介は、宇野千代の父・俊次の兄です。
政介は高森の宇野本家に残り、俊次は分家へ。兄弟はそれぞれ違う道を歩むことになります。
同じ家に生まれながら、その後の立場は大きく分かれていったようですね。
宇野家の本家を継ぐ
政介は、高森にあった宇野本家の酒造業を継いだ人物とされています。
宇野千代顕彰会の年譜にも、父・俊次について「高森『宇野酒藏』出」とあります。
つまり、父方の宇野家は代々酒造業を営んできた家。その本家を支える側にいたのが、政介でした。
宇野政介と宇野家の酒造業
宇野政介を知るうえで、外せないのが高森の宇野家です。
宇野本家は、代々造り酒屋を営んできた家。しかも、地域では財産家としても知られていました。
高森の造り酒屋
高森は、現在の山口県岩国市周東町にあたります。
宇野千代にとっては、父方のルーツともいえる土地でした。
宇野千代は後年、『或る一人の女の話』の中で、高森についてこう振り返っています。
「その高森の廣い往還を思い出すたびに」
(引用:『或る一人の女の話』 宇野千代)
そのあとには、山あいに美しい町並みが広がっていたことへの驚きが綴られています。
大人になってからも作品の中に高森を書き残した千代。幼いころに見た風景が長く記憶に残っていたのでしょう。
現在、宇野本家があった場所には「宇野千代文学碑」が建てられています。
宇野家は財産家だった
宇野家は、酒造業を営むだけの家ではありませんでした。
代々造り酒屋を続け、財産家としても知られていた宇野家。父・俊次も、そんな家に生まれています。
一方、兄の政介は本家に残り、家業の酒造業を引き継ぎました。
宇野千代の父方には、こうした酒造家としての背景があったのです。
宇野千代と伯父・宇野政介の関係
宇野千代と伯父・宇野政介には、千代が幼かったころから接点がありました。
二人の関係を簡単に整理すると、次のとおりです。
- 宇野政介は父・俊次の兄
- 宇野本家は高森で酒造業を営んでいた
- 実母トモを亡くした千代は、父方の実家に一時預けられた
- その父方の実家が、高森の宇野本家だった
幼い千代にとって、高森の宇野家は一時身を寄せた場所。父方の家族とつながる大切な場所でもありました。
幼い千代は宇野家へ
宇野千代は1897年、山口県玖珂郡横山村に生まれました。
父は宇野俊次、母はトモ。しかし、トモは千代を産んで1年半ほどで亡くなります。
まだ幼かった千代は、しばらく高森にある父の実家へ預けられることになりました。
そこが、代々造り酒屋を営んでいた宇野本家です。
母を亡くした直後の千代にとって、父方の実家は一時的な生活の場でもありました。
高森で過ごした幼少期
高森での暮らしは、それほど長い期間ではなかったようです。
その後、父・俊次は佐伯リュウと再婚。千代も父のもとへ戻り、やがて5人の異母きょうだいと暮らすようになります。
それでも、高森の記憶は消えませんでした。
『或る一人の女の話』に町並みの記憶が描かれていることからも、幼いころに過ごした父方の故郷は、千代にとって印象深い場所だったのかもしれません。
宇野政介と父・俊次
宇野政介と弟・俊次は、同じ宇野家に生まれながら、それぞれ違う道を歩みました。
簡単に比べてみましょう。
| 宇野政介 | 宇野俊次 | |
|---|---|---|
| 千代との関係 | 伯父 | 父 |
| 宇野家での立場 | 本家側 | 分家側 |
| 家業 | 酒造業を継ぐ | 本家を離れる |
| 人物像 | 残る資料は少なめ | 千代本人の記述が残る |
政介は本家、俊次は分家
政介は高森の宇野本家に残り、酒造業を継いだ人物とされています。
対する俊次は、本家を離れて分家へ。
兄の政介は本家を支える側、弟の俊次は別の家で暮らす側へと進みました。
兄弟の人生はここで大きく分かれたようですね。
異なる道を歩んだ兄弟
父・俊次については、宇野千代自身がいくつものエピソードを残しています。
宇野千代顕彰会の年譜には、千代による父の評価として、次の言葉が紹介されています。
「奇人乃至狂人、放蕩無頼、馬好き」
(引用:宇野千代顕彰会「宇野千代 私製年譜」)
かなり強烈な言葉です。
馬や競馬を好み、自由に生きた父・俊次。一方、兄の政介は本家に残り、酒造業を担いました。
同じ宇野家に生まれた兄弟でも、生き方はずいぶん違っていたことがわかります。
ブラッサムの葉野清重との関係
朝ドラ『ブラッサム』には、主人公・葉野珠の伯父として葉野清重が登場します。
葉野清重は、葉野家の酒造業に関わる人物。宇野千代の伯父・宇野政介を思わせる設定です。
ドラマでは、葉野清重は主人公の父・葉野清治の弟として登場します。一方、史実の宇野家では、宇野政介は俊次の兄。
葉野清重と宇野政介の共通点や違いについては、別の記事で詳しくご紹介します。
まとめ|宇野千代と伯父・宇野政介
以上、宇野千代の伯父・宇野政介についてご紹介しました。
宇野政介は父・俊次の兄で、高森の宇野本家と酒造業を継いだ人物です。幼い宇野千代も、母トモを亡くしたあと、この父方の実家に一時預けられました。
高森の風景は、のちに宇野千代の作品にも登場します。幼少期の記憶に残る場所だったのでしょうね。
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