朝ドラ『ブラッサム』で、葉野珠の小説が一等に選ばれた際の賞金200円。そして、その後に受け取った原稿料300円。
今ならそれほど大きな金額には思えませんが、大正時代の200円や300円は、いったいどれほどの価値があったのでしょうか。
この記事では、
- 賞金200円の現在の価値
- 原稿料300円の現在の価値
- 当時の給料との比較
- 実在モデル・宇野千代が受け取った金額
についてご紹介します。
ブラッサムの賞金200円は現在のいくら?

『ブラッサム』第7週では、珠が書いた小説『脂粉の顔』が新聞の懸賞小説で一等に選ばれ、賞金200円を手にします。
舞台は1921年(大正10年)。この200円を現在の価値に換算すると、いくらになるのでしょうか。
物価を基準にすると、現在のおよそ14万円に相当します。
計算に使ったのは、日本銀行が公表している「戦前基準の企業物価指数」です。
1921年と2025年の物価を比較すると、当時の1円は現在の約704円。つまり、200円は約14万円という計算になります。
しかし、これはあくまで商品の価格を基準にした金額です。
当時の小学校教員の初任給は月40〜55円ほど。賞金200円は、なんと初任給の約4〜5か月分にもなる大金でした。
小説一本でこれだけの賞金が手に入るのですから、珠にとっても大きな出来事だったことでしょう。
ブラッサムの原稿料300円は現在いくら?
続いて、珠が小説『墓を発く』で受け取った原稿料300円。
こちらは1922年(大正11年)の出来事です。
同じように物価指数から計算すると、現在のおよそ22万円に相当します。
賞金200円より100円多いだけですが、その100円にも当時は大きな価値がありました。
そして、この原稿料のエピソードには、実在モデル・宇野千代の体験が重なっています。
宇野千代が受け取った原稿料は366円
宇野千代は1921年、小説『脂粉の顔』が『時事新報』の懸賞小説で一等に入選。賞金200円を獲得しました。
その勢いで、今度は『墓を発く』を執筆します。
原稿を送った相手は、『中央公論』の編集者・滝田樗陰。しかし、何か月たっても返事がありません。
気になった宇野千代は、札幌から東京へ向かい、滝田を直接訪ねました。
すると、なんと『墓を発く』はすでに『中央公論』1922年5月号に掲載されることになっていたのです。
しかも、手渡された原稿料は366円!
ドラマの300円より、さらに66円も多い金額でした。
(なお、宇野千代本人は後年の回想で「363円だったと思います」とも語っています。)
宇野千代は、当時の驚きを次のように振り返っています。
「そんなに大金の原稿料を貰っておったまげたのよ。」
(引用:天然生活web)
まさに、思いがけない大金!
宇野千代はそのお金を持って、故郷の岩国へ帰りました。母や祖母にお金を見せ、一部を分けてあげたそうです。
ちなみに、366円を物価指数で換算すると、現在のおよそ26万円になります。
ただ、当時の給料と比較すると、その価値はさらに大きくなるのです。
大正時代の200円・300円はどれほどの大金?
ここまで物価指数で換算してきましたが、実際の金銭感覚を知るには、当時の給料と比べるのもひとつの方法です。
そこで、身近な職業だった小学校教員の初任給を使って比較してみましょう。
小学校教員の初任給と比較
1920年(大正9年)頃、小学校教員の初任給は月40〜55円ほどでした。
一方、2026年4月時点の東京都の公立学校教員の初任給は、大学卒で月約32万9,200円です。
この数字を使って比較すると、次のようになります。
| 金額 | 当時の初任給何か月分? | 現在の給与水準に換算 |
|---|---|---|
| 賞金200円 | 約3.6〜5か月分 | 約120万〜165万円 |
| 原稿料300円 | 約5.5〜7.5か月分 | 約180万〜247万円 |
| 史実の原稿料366円 | 約6.7〜9.2か月分 | 約219万〜301万円 |
※1920年頃の教員初任給40〜55円と、2026年の東京都の教員初任給を用いた参考比較です。当時と現在では地域や給与制度などが異なります。
なんと、賞金200円でも現在の給料に置き換えると100万円以上!
原稿料300円なら約180万〜247万円。史実の366円に至っては、最大で約300万円にもなります。
もちろん、今と昔では生活環境も違うため、単純には比較できません。
それでも、当時の人々にとって数百円がどれほどの大金だったのか、イメージしやすくなりますね。
物価と給料で金額が違うのはなぜ?
ここまで読んで、少し不思議に思った方もいるかもしれません。
賞金200円は、物価で換算すると約14万円。それなのに、給料で比較すると約120万〜165万円にもなるからです。
実は、物の値段と人々の給料は、同じ割合で上がってきたわけではありません。
そのため、何を基準にするかによって換算額も変わります。
- 物価を基準にする場合:商品の価格がどれくらい変わったかを見る
- 給料を基準にする場合:働いて得られる収入の何か月分に当たるかを見る
つまり、大正時代の200円が現在いくらなのか、ひとつの金額で答えることは難しいのです。
それぞれの違いを、一覧表で整理してみましょう。
| 当時の金額 | 物価換算 | 給料との比較 |
|---|---|---|
| 200円 | 約14万円 | 約120万〜165万円 |
| 300円 | 約22万円 | 約180万〜247万円 |
| 366円 | 約26万円 | 約219万〜301万円 |
※物価換算は日本銀行の戦前基準企業物価指数(2025年平均)を使用。給料比較は2026年4月の東京都公立学校教員の大学卒初任給を使用。
こうして並べると、同じ金額でもずいぶん印象が違いますね。
『ブラッサム』で珠が受け取った賞金や原稿料も、当時の給料と比べてみると、その大きさがより実感できます。
まとめ|ブラッサムの賞金200円と原稿料300円の価値
以上、『ブラッサム』の賞金200円と原稿料300円の現在の価値についてご紹介しました。
物価を基準にすると、200円は約14万円、300円は約22万円。
しかし、当時の給料と比較すると、200円は100万円以上、300円は200万円前後にもなる大金でした。
小説が認められ、多額の賞金や原稿料を手にした珠。
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